2015年3月21日土曜日

2015

此処に記す言葉は
変わりゆく日々の生活の中で
成長や後退を繰り返す
自分自信を見直す為の
メモにすぎない
時は流れ
過去と現在の間に打たれる
これらの文字に
意味を見出す事が出来るとするなら
行動こそが
それを証明する

2014年5月7日水曜日

発動機

この数日間今までの鬱憤を晴らすかのように
よく滑った数日だった。
昨日は久々にジョニサン(ex last child. warp)とセッションしたが
バンドの話になり
なにかしないか?と
スタジオとか練習とか基本好きではないので
発動機を使用したユニット。
発動機って何?
コレ↓↓↓↓↓↓↓
プップップププププププププ
回転始め出しの音
バリ渋い!!!!!
そう言えば家にこんなのあったな〜と探したところ
バッテリー式の最近のヤツで
この独特の音質は確実に得られない
コンコー石油発動機欲しい…
会場を不快な排気まみれにしたいな

2014年4月7日月曜日

別府COPPER RAVENS

TRUST 佐賀C.R.Eボーカル島尊之一周忌追悼音源
The requiem of strong will
の発売と同時に別府COPPER RAVENSにて
GIGが開かれた
会場の別府に向かう前に
昨年に亡くなったC.R.E島さんのご実家へ
線香をあげ挨拶をし
今日のライブ会場へと向かった。
別府COPPER RAVENS
めちゃくちゃ雰囲気がある
周りが風俗街となっていてライブまでプラつく
とてもやりやすく最高の時間
DJハル坊も来てくれた。ありがとう
今回呼んで頂いたTRUST キヨフミさんはじめ
バンドの方々や見に来てくれた方
本当にありがとうございました

2014年3月30日日曜日

音源フォーマット

ようやくバンドのDEMOが完成した。
あくまでもDEMO
メンバー同士妥協の無い工程で進めた。
徹底的に音質に拘った。
音質とはなにか
高い機材を使い
高額なマイクでパートごとに分け
微妙な周波数を調整する
今回はその様なハイクオリティな音質とは違う形
新たにボーカルが入り4ヶ月
その間で自分達の出す音をごまかさず、ありのまま
リアルな空気感で今のadaを残す事。
↑↑↑CDRのジャケ
フォーマットはCDRに決めた。
2000年前後カセットテープからCDRへと
デモのフォーマット形態が移行していった。
その当時CDRに少し抵抗があった。
理由は分からないが
何か簡単な安い媒体でしか考えられず。
裸で傷だらけの盤面イメージが強かった。
しかし時が経ち、今だに何度も繰り返し
聞いている素晴らしいバンドの音源の中には
CDRでしか発表されてない物も数多くある
今回出すCDR作品も
逆にDEMOとしての役割に相応しいと思う様になった。
また個人的にもカセットとして形に残したいと思い
バンドとは全く関係の無い形でテープも同時に作ろうと思う。
↑↑↑デモテープのジャケ

2014年3月25日火曜日

ハル坊と親戚

入院してた頃の一コマ
見舞いに来てくれたハル坊
何故か親族に混じって違和感なくいるので
オモロ過ぎて撮影
このあと親戚が更に集合したが
全然違和感なくヤツは2時間位いた。
ada 次のライブはこれだ!!!
佐賀C.R.E島尊之一周忌追悼シングルCD
The requiem of strong will 発売LIVE!!
最初にやった者勝ち!
もう一年が経つ…
凄いスピードで時間が流れて行く
呼んで頂いて本当に光栄です。
Zbombardowana Laleczka
かなり前にも貼り付けたが
もう最高過ぎるサウンド…

Merchandise

バンドのバッチを作ってみた
全部で4種類
一つ一つ真剣に気持ちを込めて作った
adaは特に歌詞を押し付ける訳でもなく
それが全てだとも思わない
しかし、このバンドのスローガンでもある
control your destiny.or someone else will
(自分の運命は自分でコントロールすべきだ。そうしないと誰かにコントロールされてしまう)
と言う言葉を使用した
自分達の言いたい事は言わせてもらう。
前向きな意味を込めている
そして、これはメンバー同士でもそうあるべきだといつも言っている。
それと平行して、デモ音源を録音した
今回はスタジオ一発の持つ臨場感と
90年代に
まだ4トラックMTRピンポン録音を駆使し
思考錯誤していた
あの当時に戻り
全て自分達
一発録りで仕上げた
決して音のクオリティーはプロからすると
劣ると思うが
自分達だけで作り上げるプロセスとそれに対する気持ち
勢いは残せたと思う。
ada 2014 DEMO
control your destiny.or someone else will
Blackbird Raum
もう一人のお姉ちゃんやめたのかな?

2014年3月23日日曜日

登山

退院してから2週間が過ぎた。
心配のお言葉を沢山頂きこの場を借りて
本当にありがとうございます。
最近といえば、謹慎中の為
毎日近所の砂浜に行っては、ひたすら歩いてみたり
食生活を大きく改善してみたり
この機会に今までの身体に溜まった悪いモノを抜こうと
楽しんでやっている。
今日は天気も良かったので
前から登ろうと思っていた[宝満山]にいった。
適当な感じでスウェットにビーサンとかでいったのだが、
入り口でかなり重装備の人達とすれ違い
とりあえず車に積んでいたボロボロのスニーカーに履き替えた。
最初はスムーズに登っていたのだが
宝満山…。なめてました。
このポイントかなり危険。
これリハビリとかのレベルじゃないな。
やっとで頂上へ到達。
かすんで何も見えない…。
とりあえず一人記念撮影。
下山した頃は足がバキバキ…。
ジム行くよりも効果ありそうだぜ。
登山中ひたすら聞いていたBaraka Face Juntaのアルバムが最高だ

2014年2月22日土曜日

evils door

先週後頭部を強打し
昨日辺りからようやく意識もはっきりしだした。
当時の記憶は全くなく
搬送中の記憶も全くない
頭蓋骨骨折
脳挫傷
くも膜下出血
気がつくと携帯に沢山の人達からのメール
心配おかけしてすみませんでした。
しかし何故こんなにも早く情報が回ったのか。
偶然にも俺と入れ違いで来た方がブログのネタで
アップしたらしい
申し訳ないが
直ぐに消してもらった
ボーっとした意識の中これまでにないほど
色々な思いが集中して流れる。
今まで前のめりで浮ついた状態の日々
なんとなくこなす事に満足を覚え
周りに左右されまいとして
全て流されていた軽薄なスタイル
自分にとって必要なものはなにか
軸を正し今後の糧にしたい
先祖の霊に感謝

2014年2月13日木曜日

Fuzenna skateboard

仲良くして頂いてる
Fuzenna skateboardの小平ご夫婦より
息子の幹太にプレゼントを頂いた
ば〜〜〜〜ブウ〜〜〜(最高です)
かっこいい!!!
ありがとうございました!!!!!!!
EQA姉さんのブログだぜ!!
http://ameblo.jp/eqa/

2014年2月10日月曜日

LAST LIFE VOL.2

先日のLAST LIFE VOL.2
思った以上に沢山の人達が遊びに来てくれて
バンドも4バンドとベストな流れで
最後のお好み焼き屋
燃え尽きてしまった。
毎回痛感するのが
貴重な時間をさいて遊びにきてくれるお客さんと出演してくれるバンドの方々
本当に感謝の一言です。
手伝ってくれたDJ HARU坊やINVISIBLE MAN モッチくんのやっている
MATE MAKES RIGHT TAPESのディストロと
ありがとうございました。
今年4月に日本ツアーで来るALCEST
広島いきて〜

2014年1月28日火曜日

M.A.O

どこからか持ってきた移動式スピーカーとアンプを持ち込んで
SKATEの時は必ず音楽を聞きながら滑っていた。
ある日
確かかかっていた曲はポーランドのFATE
To nie jest piosenka antyklerykalnaだったと思う。
このバンドなんですか?
声を掛けられて見上げると一人の女が…。
自分は今までかけていた曲などに突っ込まれたことが一度もなかった為
驚きと感動で色々と話をした。
彼女の口から出てきたのは
GBHやDISCHARGEやジャパニーズハードコアのバンド名
その後すぐにスタジオに誘い
リハーサルを重ね
遂に2.9ada デビュー

2014年1月27日月曜日

無への扉

ENTER THE VOID (無への扉)配布中!!
手軽さが世の中を繋ぎ
世界を狭くしていく
本当に素晴らしい時代。
以前あれだけ血眼になって見たDVDのボーナストラックも
巻き戻し再生したVHSのコマ送りのボタンも
全て過去のモノとなった。
数あるSNSでリンクされる動画やテキスト/Blog/Twitter/
最高の情報量
しかしその便利さと逆行する
モノの価値観を再確認する為
自分はこの扉をこれからも開け続けたいと思う。

2014年1月20日月曜日

ENTER THE VOID ZINE VOL.2

前回発行したVOL.1から既に半年以上たったが、遂にVOL.2完成。
長い時間かかったがこのペースが自分には丁度いい。
今回も前回を上回る内容となっていると思う。
本当に協力して頂いた沢山の人達に感謝します。

2013年12月26日木曜日

E-1980

嫁にクリスマスプレゼントを渡した。
フェルトで製作したサイフ。全て手縫い。耐久性を持たせる為裏地にはカツラギをかまし、俺の生霊を込めて作った。
フェルトの質感ってPUNKだと思う。左のカード入れは設計ミスでカードが入らない(PUNKだ)笑
テーマは1980年生まれの感染力の強いウイルスと言う意味合いを込めて、E-1980(エボラ1980)と名づけた。

2013年12月17日火曜日

LAST LIFE vol.2

光を遮る暗黒の雲を切り裂き、
折り重なる負の連鎖に終止符を打て。
私達の持つ計り知れない情熱の全てをここに。
情報に操作され、
鉄の鎖に巻かれ、
動けなくなる前に。
2014.2.9 sun ada last life
この夜は一夜きり。
一瞬の連続が明日へと導くその道をただ歩こう。
Last Life vol.2 at HEART STRINGS STUDIO
ARELIGHTS
XL Fits
konepistooli
ada
DJ HARU
TICKET¥500
START19:15〜
HEART STRINGS STUDIO
福岡県福岡市中央区草香江2丁目2−8
TEL 092-711-7051

2013年12月16日月曜日

POOL SESSION

数週間前PFKで行われた、壮絶なPOOL SESSIONによって今までのSKATEのスキルや経験をゼロに戻された。SKATEの考え方が全く変わってしまった。LINEとSPEED。数センチLINEが変わるだけで全てのプロセスがダメになってしまう。シャローからディープまでの距離とRの複合ラウンドに陶酔する数週間。

2013年12月12日木曜日

scar

出会いは不思議とやってくる。今まで実現出来なかった行動を起こす時がきた 俺達は未来へと歩き続け収まらない衝動で傷をつけよう。気づかれない様に…

2013年12月11日水曜日

Facebookからの脱却

ここ数ヶ月間Facebookの魅力にどっぷりでここの存在を忘れかけていた。 実際このブログのテキスト機能の仕様が変更になりめちゃくちゃ使いにくいというのも理由の一つだが…。 話は戻るが今やSNSの威力はとても凄いと思う。2〜3年前までこんな事になるのかと、思ってもいなかった程その情報量と個人の繋がりは膨らみ続けている。 今、どこで誰が何をしているのか、手に取る様に分かるし、細分化された分野での発信量が細かすぎてとても重宝しているのが実状だ。 しかしこと自分の事を考えると、コミュニティーが広がり過ぎてしまっていて、自分自身の発信はためらってしまう事がある。 自分には自分の部屋が必要だと感じた。

2013年10月21日月曜日

20数年目の奇跡

昨夜は自分にとって思い出の夜だった。 それは小学校3年生の頃、自分には6歳と4歳離れた従兄弟がいて いつも彼らは当時とても流行っていた、いかすバンド天国(イカ天)に出ている 様々なバンドを自分に教えてくれた。無論自分自身もモロに影響を受け、イカ天にどっぷりハマってしまう。 そしてその時イカ天に出ているバンドの中で、自分達が一番好きだったのが「たま」だった。 大晦日の夜イカ天キングを「たま」がとった時は3人狂気乱舞した記憶がある。 福岡へコンサートに来る時は必ず行っていた。小3の終わり位に従兄弟達が楽器を始めた。 自分も曲を作りたいと思った。 楽器弾けないのに、小学校の友達3人集めて空中シーソーというバンドを組んだ、(ちゅうぶらんこのパクリ)。初めて適当なコードで作ったのが 満願成就というタイトルの曲(この曲もたまの歌詞からとった)小5までギターの練習を友達と行い、オリジナル曲も3曲程出来た。 近所の公民館で小学生や親を集めてコンサートを開いた。 それが人生初の人前で演奏した記憶である。 今もバンドは続けている。従兄弟2人もバンドや音楽活動を勢力的にやっている。 20数年前自分に音楽のすばらしさを教えてくれた従兄弟が、昨夜、当時僕達が熱狂し応援していた たまのメンバー柳原陽一郎氏を呼んで一緒にセッションするという奇跡を自分の前でやってくれた。 ヒデ兄アナタはすごいよ。
アニキ ボギーやっているnontroppoライブ↓↓↓↓↓↓ そしてもう一人オクムラユウスケのライブはこれ↓↓↓↓↓↓ 柳原さんとツーショット!!

2013年9月24日火曜日

LAST LIFE

遂にada初企画前日。気合入れる為CREWと小田家一家を呼んでの前夜祭を開いた。母親がストックしているワインを大量放出した為、だんだんと宴もエキサイトしていく。
皆が帰ったあとZILLとハルザスプリガンと共に今回のゲスト2バンドのうち1バンドのanti-spectacle一行を待つ。 朝4時過ぎメンバーのバビ氏より連絡が入り近くのコンビニまで迎えに行いった。
とりあえず少しでも疲れをとってもらう為、寝ることにしたが2時間程仮眠をとった後もバビ氏コメット氏は話し続けていた。多分寝てないと思う。
会場に向かう前に朝飯を皆で食って一日が始まった。
会場に到着しとりあえずリハーサル開始
BORED TO DEATH!!!!!!リハの段階でやばすぎる…。その後CONSTRICTEDも到着し強烈なメンツが集結した。
リハも終了し全員でラーメンを食いに向かう。親不孝の片隅にある島系ラーメンをかまそうと向かうが、店員が一人で回してるので10人は回せませんと追い返される(笑)しまった…。どうしよう…。とりあえず会場近場の大黒に落ち着く事に。
これぞ博多ラーメンという感じで正解だった。
会場の物販コーナーも完成し 18:00を迎え遂にライブが開始。 今回は色々な繋がりの友人達が沢山来てくれて感傷的な気持ちになる。 本当に来てくれた皆さんありがとうございました。
ライブ自体全てのバンドが強烈で最高の企画になったと思う。 会場のVOODOOLOUNGEスタッフの方々やヨコチンレーベルのボギーにはとても感謝します。 本当に有難う御座いました。 全てのバンドが終わり携帯の充電も切れ抜け殻になったまま打ち上げ場所のふとっぱらへ。 3時位まで飲んでそのままハル坊の家に向かう。 朝10時位にぬぅあああああああああああああああああああAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。ハル坊の奇声で起こされる。 本気でびっくりした(笑)本人は全く気づいてない様子で爆睡中………………。 それから昼の12時位までだらだらとしゃべって 自分は家の米を精米する用事があったのでここで皆さんとお別れ。 最高に濃い2日間。今回この企画に協力して頂いた HARDCORE KITCHEN オーナーコメット氏並びに CONSTRICTED、ANTI-SPECTACKLEそして福岡のバンドの方々。 本当に良い企画になったと思います。有難う御座いました。
おみやげで頂いた京都八ツ橋が激烈にウマイ!!!!!